森の世紀が始まりました (第35回)
── 夢、 トマトの木の森(4) ──

日本樹木種子研究所所長・東北大学名誉教授  江刺洋司

 これまで、植物も動物も基本的には同じ仕組みで、水から電子を取り出して生体ダイナモ(第24回、図15)を稼動させて生きていること、その背景には体内時計が時を刻み、ダイナモの働き方を調節していること(第30回,図20)、植物は動けないという動物との根本的な違いが、植物に有機物生産の担い手としての宿命(第27回、表1)を与えた話をしました。それが食料源となって食物連鎖が始まり、地球上に多様な生き物を誕生させました。それらの命の営みは同じ酵素や補酵素(ビタミン)を登場させるだけで説明できたので、皆さんは何故ホルモンが登場しないのか疑問を持ったかも知れません。ところで、植物にも動物にも共通に働くホルモンはありません。この事実から、ホルモンは両者の命の違いに係わる物質であって、生命の根幹的営みには無縁なものに過ぎないことが理解出来るでしょう。各種ホルモンが重要でないと言うのではありません。植物では、その特有の生き方の具体的な理解には、植物にだけ極く微量で働くホルモン(オーキシン、ジベレリン、エチレン、サイトカイニンなど)や、弱い赤色光の独特な働きの係わりを無視できません。しかし、このエッセイではそれらに触れることも、また植物細胞の生長・伸長を話すに際して触れねばならない細胞膜の半透膜性に起因する浸透圧にも触れずに、植物の生き様を語りました。だからと言って、それらについて学ぶことが不要であると云うのではありません。ただ単に、それらに触れずとも森の話をすることが出来るというだけです。

危機にさらされている世界の森林と再生
 戦後に日本は高度経済成長期に入り、東南アジアに広がるフタバガキ科の植物をラワン材として輸入し、日本は国際的に非難される事になりました。それは日本人の多くが和風建築に拘る一方、コンクリート建築にも重宝な型枠ベニヤ板の生産に最適と輸入して、東南アジアの森林を丸裸にしてしまったからです。熱帯森林こそ多様な生物の棲み家ですから、国際的に森林保全と多様な生き物の絶滅防止を結び付ける契機となったのは当然です。1980年代後半にはそのための行動が国際社会で始まり、国連による初回の地球サミット(1992年)で「生物多様性保全条約」として結実し、日本政府も後に批准し、環境六法の一部に組み込まれました。当時その起草に私は国連から招聘され係わりましたが、実に肩身の狭い思いをしたものです。
  当時、日本政府も企業も森の復元を考えもせずに、東南アジア各国に経済支援さえすれば良いとの姿勢でしたので、森を丸裸にする行為が批判されるのは当然でした。しかし、やがて科学者は広範囲で起こっている森林面積の減少がより深刻な事態をもたらすであろうことを共通認識とし、日本国内にも反省の気運が生まれ、積極的に森林再生に立ち上がる企業やNGO団体が現れて、少しずつ日本に対する風当たりが弱まるのを感じることも出来ました。地球環境の守り手である森林(水の循環、大気浄化、生き物達の棲み家)減少の主要な原因が、先進国での建築用材や製紙産業だけでなく、発展途上国における急速な人口膨張や、あるいはアマゾンの森林内へのブラジルの遷都などにも関連付けられ憂慮されました。アフリカや南米大陸での常緑照葉広葉樹林(密林)の更なる減少は、地球環境の破局に連なるとして科学者に絶望感さえ与えたのです。特に、アフリカにおける急速な人口爆発は食料獲得のために森林地帯を農耕地や放牧地に変え、燃料として伐採させ、加速度的に森林面積の減少を招きました。熱帯雨林の破壊は、降雨量の減少を招き、乾燥させ砂漠化し、地下水汲み上げは地下から塩類上昇を伴って塩害をもたらし、人口膨張にも拘らず逆に農地を減らすことになりました。歴史的には、漢民族は万里の長城構築の素材に焼成煉瓦生産を促し、中央アジアに存在した森林を伐採してゴビ砂漠の出現など人類最初の環境破壊に手を染めましたが、現代は世界各国が同じ過ちを繰り返すことになったのです。幸い、日本が丸裸にした森林はアジアモンスーン地帯にあったために、降雨と気温に恵まれて再生可能で、日本人の再生への努力は国際的に評価され、他の地域でのような人口膨張による森林破壊のような不安を与えませんでした。

北国における不可逆的な森林破壊こそ地球を滅ぼす
 ところが、パルプ原料としてだけでなく、日本人の和風建築への拘りから商社はやがて、北国の針葉樹林の伐採輸入に向かい、ロシアやカナダなど亜寒帯地域の再生困難な針葉樹林の破壊で国際的危惧を抱かせ現在に至っています。当時はまだ、先進国にも酸性雨を防止する確かな技術がなく、EU各国の広大な森林が酸性雨によって枯死する事態に直面していたことが、国際的不安感を増幅させました。南国の森林は再生に50年必要とすれば、北国では条件が良くとも300年、永久凍土でなら再生は地表を湖沼と化して絶望です。そこでは直射日光が凍土を水田同様な沼沢地とし、従来の植林法では再生不可能でメタンガス発生源となり地球温暖化を加速すると心配させたのです。その危惧は現実となり、シベリヤの各所で住宅が永久凍土の融解で傾くという悲劇も起こり始め、カナダはその後、法律で森林伐採・輸出の禁止に踏み切りました。産油国として豊かな国に変貌しつつあるロシアもまた木材輸出を近々禁止するでしょう。私達の日本樹木種子研究所は、傾斜地の多い山国日本の国土を防災力をも兼ね備えた本物の自然林として保全すべく、従来のポット苗(主根が内部でループ化)利用の植林から脱却して、写真(30)に見るような大地が根系ネットワークで被覆され強靭な表層から成る災害に強い森林の再生を目指し、それには樹木種子からの造林法を普及させねばと考えて活躍しています。単に、地表表層だけの被覆なら竹林と同じではと疑問を持たれる人もいるかも知れません。しかし竹林による被覆まさに表層だけで、傾斜地でなら地震でもあればずり落ち防災に役立てませんが、樹木の主根は地層深くまで潜り込み(第22回,24図)、場所によっては岩盤にまで食い込みますので、樹木根系ネットワークの防災力は竹林とは比べようもなく大きいのです。樹木種子からの樹林化こそ、地震国・集中豪雨多発の日本国土の防災に貢献するだけでなく、国際的宿題となっている極地での広大な伐採跡地の湖沼化前に、針葉樹林再生復元にも適用させ得る合理的手法と自負しています。

写真35回

写真30:樹木種子の播種で作った森の大地には防災力を備えた根系ネットワークが存在する

                                           (日本樹木種子研究所提供)

 幸い、日本は降雨に恵まれ、急峻な国土は森林を破壊したからといって湿地が出来ることもありません。既に日本人口は減少期に入り、100年後には人口はほぼ半減すると推定されています。とすれば、食料自給率は自然に充足し、中山間地の田畑や丘陵地のゴルフ場を雑木林や里山に戻すこと可能です。脱石油社会は間もなく到来し、マイカーと決別する人々も増えますが、先進国のリーダーとして日本はこれらの大地を率先して森林に復元し、京都議定書での地球温暖化阻止の公約を果たすべきです。 用材用にするにせよ(写真31)、自然林として保全(写真32)するにせよ、世界に誇れる森林とは、それらの根系ネットワークが自然災害から子孫を守る役割をも果たすものでなければならないのです。

杉林

写真31:用材としての杉                                (写真提供:海MP)

南禅寺

写真32:京都、南禅寺の三門から撮影された木々の紅葉        ( Photo by (c)Tomo.Yun )

代替エネルギーをバイオ燃料に依存しては地球温暖化を阻止し得ない
 しかし、ある技術者達は化石燃料が枯渇し始め価格上昇が必須と見るや、ブラジルが広大な耕作地からの農作物を醗酵させて生産したバイオ燃料、エタノールとガソリンの混合燃料を使用している状況に着目し、さもCO2排出を削減し地球温暖化阻止に役立つかのように考えました。目先の利潤しか考えない多くの自動車メーカーはその導入を図り、しかも日本を代表するメーカーが情けないことにそのお先棒を担いでいます。先の地球サミットでは幾つかの分科会に分かれての討議でしたが、その根底にある難題は地球人口の容量でした。当時60億だった世界人口は今は63億人に達してますが、地球の人口容量を決めるのは絶対食料生産量を決める利用可能な淡水量です。私は人類が理性的に淡水の利用分配計画を立て、それを民族間で認め合えたとしても、80億人が限界と推定しましたが、人口増大を現状のままに放置すれば100億人を超すだろうと云うのが大方の意見で、水を巡って人類社会の争いが想定されました。また、食料生産量よりはHIVなどの突発的な感染症発生が人口増大をある段階で自然に抑えるに違いないとの諦めに近い期待を述べる方さえおりました。
 このような水の世紀に生きていながら、人類の大部分は最早化石燃料を前提にしか生き方を論じられない事態にあります。原発やクリーンエネルギーにも限界があり、愚かな事にバイオ燃料、エタノールなどを生産するために、地球環境を維持し人類の生存権を保証しているアマゾンの熱帯雨林を毎年、四国と同じ面積をサトウキビ畑と化し、他方北米では広大なコーンフィールドの各所にアルコール発酵工場を作らせ、東南アジアの自然林をココナッツ林とし食料価格の高騰を招いています。まさに今世紀の人類の生存を決めるのは淡水の絶対量であり、その供給に貢献している森林の重要性を忘れています。それこそ幾つかの自動車メーカーは人類絶滅の日の到来を促す競争をしている事に気付いて欲しいものです。森林の世紀に森林破壊を促して地球温暖化阻止に貢献するとの宣伝は情けない屁理屈です。

 ではどうしたら、トマトの木の森を作れるのか、そしてそれは都市における自然の象徴として良いものか、それは最終回のまとめにしましょう。

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