森の世紀が始まりました (第20回)
── 植物も動物も眠ります (6) ──
日本樹木種子研究所所長・東北大学名誉教授 江刺洋司
これまで植物も太陽光に恵まれない環境下、例えば地下の根系や夜間の葉では、動物と同じに水を飲んで炭水化物を用いて酸素呼吸をし、生体エネルギーATPを創出し(第13回,ミトコンドリアの働き)、余分にATPを生産すると解糖系以外にペントース燐酸回路をも働かせて還元力NADPHを供給して生きていること(第18回、図10参照)、更に前回は、共に周期をほぼ24時間とする体内時計(第19回、図22ab,図23ab)を持ち、命はその振動に同調して営まれているという3つの動植物が生きる普遍性を学びました。命が24時間で揺れ動くシステム中で生きることから、ある一定の方向性を持って進む場合には、常に行き過ぎを抑える力が働き、その後に揺り戻しが来るというフィードバック・システムと言う働きが命の営みに介在していることが分りました。重要なことは、この24時間を周期とする振動は、いつしか太陽系の惑星上で進化したために、太陽光が駆動力となって生まれたのです。これら三つの事柄は関連し合って進むのですが、今回は後にその関連を良く理解するためのちょっとした事実を知って貰う事にします。
私は、先に意図的に第10図で、皆さんが教科書で学んだことを無視しました。だれか「おかしいな」と思ったのではないでしょうか。むしろ皆さんに疑問を持って欲しかったのです。科学する心は「どうして」、「なぜ」、「どうしたら良いの」という疑問から始まるからです。ただ、誤解しないで下さい。教科書が間違っていると言っているのではありません。実際の自然は学校で学ぶようなことが、単純に独立して起こっているのではなく、互いに絡み合って振動しながら営まれています。
第10図では酸素呼吸で放出されるはずの二酸化炭素数を減らしました
学校で皆さんは生きるために食料(有機物)を食べ、それを酸素呼吸で分解する過程でエネルギーを得、二酸化炭素(CO2)と水を吐き出すと学んだに違いありません。それなのに10図では6個の炭素からなる光合成産物グルコース(第17回、図8)がクエン酸回路で分解されるのに、6個のCO2が排出されるとは書かず、6CO2からn個のCO2を差し引いて表現しました。この連載でもエネルギーを酸素呼吸で得るとは水を飲み、クエン酸回路中で水から電子を取り出し中に含まれていた炭素元素(C)の全てが、皆さんが学んだようにCO2となって飛び出すことはないのです。しかし、教科書で(図12)、次の酸化的リン酸化過程て電子を酸素に渡して(酸素を還元)再度水に戻して排出する道筋と述べましたが、本来食料という有機物は一般的に食べた炭水化合物の代表グルコース(葡萄糖)が酸素呼吸で分解される様子は括弧の部分を除いて下のような化学式で表現しています。
C6H12O6+6H2O+6O2→(3CO2+3CO2+6H2O+6H2O)→6CO2+12H2O
とすると、図10ではやはりグルコースの脱炭酸反応によって生じたCO2の排出個数を6CO2として表現すべきかも知れません。事実、生体ではミトコンドリアが主役となってグルコースを段階的に酸化する過程でADP+Pi(無機リン酸)→ATPの反応と結び付き、38分子の生体エネルギー(ATP)を生産しますが、それを生産し続けるには、ADPとPiの補充が必要です。それをAMPの生産から始めて補給するにせよ、早速活用して再供給するにせよ、外部に水由来の電子の受け手、酸素が沢山あってミトコンドリア内にはADPとPiの両者がないと酸素呼吸は出来ません。
動物ならば、ATPを消費するために運動したり体温を保持することでADPの再供給は容易ですが、動けず体温保持も無用な植物では常に違った方法でATPを消費してADPに戻すことが必要となります。そこで植物に出来る唯一の作業となれば、光合成の場合同様に、光が無くともATPを有機物の生産で消費してADPの再補給をする以外にありません。つまり、植物は光のない暗闇中で酸素呼吸で生きるには、動物のように動くことでATPを消費できない以上は、植物は常に有機物の再生産をし続けねばならない所に、動物の生き方との本質的違いがあります。有機物とはCから成る物質ですから、植物はグルコースを酸素呼吸で分解してATPを創出する際に、CO2を廃棄しますが、その全てを細胞外に排出せずに、その一部を何等かの有機物生産に振り向けて再利用することで、ADPの再補給をせねばならないのです。そこで先の図10では(6CO2―n)と書きました。
このことを最初に実証したのは、光合成の暗反応で炭水化物の生産経路の解明に活躍したCalvinの実験手法にならって、Cの放射線同位体11CO2を暗所で植物に与えて(11図)、植物は酸素呼吸中にも同様にCO2を体内に取り込んで還元固定することを明らかにしたのはRuben(1940)です。
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酸素呼吸で排出されたCO2の一部は再度有機物に還元固定されます
第11図に描いたように、もし真っ赤なリンゴ(葉緑素を持ちません)を光の入らない容器に入れて、放射線同位体の他種のトレイサー14CO2を注入してやると、酸素呼吸をしているリンゴはCO2とH2Oとを放出しますが、同時に注入した14CO2をも体内に取り込まれ、リンゴ果実内でリンゴ酸(クエン酸回路の一員;図12)の一部が放射能を帯びたのです。つまり、私達が学校実習で植物の器官や組織での酸素呼吸活性を測定しますが、排出されるCO2量が目安ならば、その排出量は実は固定量を差し引いた見掛けの量を測っていたのです。ただ、普通は排出量が固定量より遥かに大きいためにCO2だけを排出するように見えただけだったのです。同時にO2の吸収量を測ってその1分子当り排出されるCO2量を呼吸率(RQ)と称して、酸素呼吸に際してどんな有機物を用いていたか推定しますが、普通はCO2が排出されますからRQは+となります。もし、脂肪のように分子内に僅かしかO2が結合していないとRQは1より小さく、逆に沢山O2を含んだ有機酸の分解では大きくなるのが一般的です。しかし、以前に話した乾燥地帯の多肉植物(第6回、写真6)、シャボテンやベンケイソウのように体内に水を蓄えておいて、夜に気孔を開き日中に溜めておいたATPやNADPHをも用いて酸素呼吸をするとなると、夜間に大気中からCO2を逆に大量に吸収して有機物を本格的に合成することになるので、RQは負になります。つまり、植物においては生きるために酸素呼吸を持続させるには、常に排出したCO2を再び有機物生産に戻して、程度の違いがあっても暗闇の世界ではその一部(n個)を有機物の再生産に使わざるを得ないのです。なお、酸素呼吸中にCO2をどのような仕組みでリンゴ酸(図12)に取り入れるかは体内時計とも関わる過程で後述することにします。ある意味では、乾燥地帯で生存する多肉植物の光合成産物は他の一般の植物のグルコースとは違ってリンゴ酸だったのですね。第7回で光合成のあり方も多様な進化を遂げていると話しましたが、これもその一つです。
植物の生きる仕組みを反映させていない日本政府の環境行政
酸素呼吸でCO2の再利用率が最も大きいのは多肉植物ですから、散水の節約が出来るからとの理由で都市のヒートアイランド対策の屋上緑化に多肉植物を推奨しても意味がなく、過ちであることを皆さんは完全に理解できたでしょう。自然界ではRQは+1.3から-1くらいの間で変化するのが通常で、日中に気孔を閉じ夜間に開いて-RQを示す多肉植物は屋上緑化には役立たのつです。
どうしてこんなことを話すのかは、他の行政指導でも為されているからです。例えば、水産庁の役人も自然の営みを理解していないために、以前に海苔養殖業者からノリ苗の消毒のためにクエン酸を用いさせて欲しいと陳情されると、クエン酸は酸素呼吸で完全にCO2とH2Oに完全に分解され環境汚染には無関係と、ノリ養殖に有機酸剤を利用する許可をしてしまったのです(1984年)。完全に分解されるとはATPを生産する事と同じですから、その分解を担った海洋微生物が海洋で爆発的に増殖する危険性をどうして考えなかったのでしょうね。後に国際法では海洋への有機酸廃棄を禁止してますが、未だに日本は国際法を無視して業界保護のために海苔養殖に有機酸の使用を認めています。その結果は生命科学の本質を知らない大人がもたらした悲劇、有明海や瀬戸内の赤潮(植物プランクトンの異常増殖)による荒廃の一つの原因となっています。深く勉強したい方は私の本「有明海はなぜ荒廃したのか」(藤原書店2003年)を一読して見て下さい。少し難しいかも知れませんがお父さんや先生に解説してもらい、外洋に接していない海洋の環境がなぜ汚染し荒廃し易いのか学んで、将来の地球環境の保全のために皆さんに活躍して欲しいものです。
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