森の世紀が始まりました (第6回)
── どうして水は命の源なの (3) ──

日本樹木種子研究所所長・東北大学名誉教授 江刺洋司

太陽光の受光体が葉緑体の中に組み込まれて、電子の供与体が水となった時に多量のATPとNADPHを供給できるようになり、多細胞化が始まり草本植物や木本植物が誕生して地上を覆うようになったことを話してきました。同時に、太陽光もまた進化に付随して、また、環境条件で大きく変化することを知っておくことも自然の仕組みを理解するために必要なことも述べておきました。そこで今回は、太陽光が実際にどのように変化し、植物はそれにどのように対応することで光合成を営んでいるのか勉強することにしましょう。ただし、太陽光の強さや色彩は雲量で変化しますし、温度も違ってきますが、ここではそれらの変化を無視して考えることにします。

植物を観察しながら平地から登山してみよう!

どの地点であろうと、海面0 mに近い平地には太陽光は大気中を最も長く通って届いていますが、山に登り始めると大気中を通過した距離は短くなるので、次第に短い波長の光の成分が多くなり、高山ともなると有害な紫外線が沢山含まれるようになります。したがって、そのような場所に育つ植物の葉は体内に酸素と同様に酸化的に働く紫外線が射し込まない工夫として、表層を厚くしたり、ワックスのような物質で覆って光を反射させるとか、綿毛のような構造で包んで光を散乱させるなどの工夫をするのが一般的です。そこに高山植物の個性があります。

写真4:カタクリ
(写真撮影:青木繁伸(群馬県前橋市)

登山の途中に大きな深い森がありました。森の内部は薄暗く、大部分の太陽光は樹冠(林冠)を構成する種々の大木の葉の重なりで吸収されてしまい、林床には光合成に欠かせない赤い光も青い光もほとんど届かず、主成分は緑葉のフィルターを通ってきた緑色がかった光合成には不都合な光です。そのように光に恵まれない場所でも植物は二つの方法で何とか子孫を遺すべく一生懸命に生きています。第一は、高山植物とは逆に、葉を薄くして出来るだけ表面積を大きくして、光合成のために用いることの出来る光を増やす工夫しており、陰性植物と言われています。第二は、もし森の樹冠を構成する主な樹木が落葉樹なら、新緑が始まり、林床が暗くなる前の早春のうちに一生を終えてしまう工夫です。この代表には早春に美しい花を咲かせて多くの人々に親しまれているカタクリ(写真4)があります。

大陸を海岸から奥地に探検してみよう!

写真5:マングローブ
(写真提供:
国際マングローブ生態系協会 (ISME))

写真6:サボテン
(写真提供:Shabomaniac!)

海岸線に沿って繁殖し得る植物は全て耐塩性の性質を持っていますが、その代表選手はマングローブ(写真5)でしょう。光合成をする細胞中には、それに邪魔になる塩分を入り込まない工夫をしていますし、入り込んでしまった塩分は次々に枯葉に集めて体外に排出してしまいます。ところが、海岸から離れて奥地に行くに連れて一般に降雨に恵まれなくなって、サバンナなどといわれる乾燥地帯が出現して来ます。ただし、地球の自転と山脈との関係で、奥地まで行かなくとも乾燥に悩まされる地域があり、その代表はアメリカ南北両大陸の西側に広がっています。このような、乾燥地帯に生きる植物は日中に気孔を開いていると、大地には充分な水分が含まれていませんので、しおれてやがて枯れることになります。ですから、温帯や降雨に恵まれている地域の植物とは違って気孔は昼間には完全に閉じていて、日中に明反応で作っておいたATPやNADPHを何等かの方法で蓄えておいて、夜間になってから気孔を開いて大気中から二酸化炭素や窒素酸化物などを取り込んで生育する植物となります。その代表はサボテン(写真6)ですが、それらの乾燥地帯に適応したり、水分供給が確約されないような場所に生きる植物は、葉全体を厚くして体内に多量の水を蓄えており、多肉植物と言われています。当然、明反応と暗反応が同時並行的に進行できませんので、両者を昼と夜とに別けて行えるような独特の工夫をしないと乾燥に耐えて生きることは出来ません。

建築家の多くは、植物のそのような多様な生き方を知らないので、大都会のヒートアイランド現象を緩和するのに屋上緑化が有効だと宣伝しています。その際に樹木を植えるとすると建物を頑丈に作らねばならず、建築費用が高くつくことや、乾燥する屋上に散水するのが大変なことから、乾燥に耐える種々の多肉植物の活用を推奨しています。残念ながら、彼らは専門の勉強をしていなかったので、緑色植物の気孔は全て日中に開いていて、蒸散のための気化熱で冷房効果があると思い込んでいるのでしょう。ここで勉強した皆さんから是非、緑色植物はどんな所に適応して生きているかで、気孔を開く時間帯が違うこと、多肉植物の大部分はむしろ夜間に気孔を開き、ヒートアイランド防止には殆ど役立たないことを建築家の方々に教えてあげられますね。防止目的を果たすなら、太陽光を直接電力に変換するために太陽電池を屋上に設置した方が明日の日本のためになることを話してあげて下さい。都心の熱を電力にして活用することで気温を下げながら、火力発電所の稼動率を下げて温室化ガス、二酸化炭素の排出を幾らかでも下げた方が国際的な約束を果たすことになることも教えてあげたいものですね。

次回には、「赤道から極地に移動してみよう。」と「湖か海を岸辺から深みに潜ってみよう。」で緑色植物がどのように光合成の仕組みに違った工夫をして生育しているのか学ぶことにしましょう

写真提供
Botanical Garden
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/BotanicalGarden-F.html
国際マングローブ生態系協会
http://www.kaiyo-net.com/mangrove/index.html
shabomaniac_bunner
http://www.asahi-net.or.jp/~dt4k-ynd/index.htm