鳰(にほ)の海と呼ばれた日本最大の湖、琵琶湖が眼前に広がる。手前右が琵琶湖東岸の矢橋、現在の草津市矢橋町。夕刻、矢橋の船着場に続々と帰来する帆船が描かれる。中世から近世にかけて琵琶湖沿いの名勝に選ばれた近江八景の一つである。画賛は「真帆かけて矢橋にかへる舟はいま うち出乃はまをあとの追風」。打出の浜とは画面左、大津市の琵琶湖南西岸の古名である。そしてその彼方に比叡山が麗姿を見せている。
比叡山は京都市と大津市の境界をなす山地で、東の大比叡と西の四明ヶ岳の二峰に分かれる。山頂から東は琵琶湖と湖東、湖西方面、西は丹波高地から京都市内を越えて山城や大坂方面まで望むことができる。琵琶湖国定公園の一部で、寺域のため80種の鳥が生息するなど自然が濃厚に残っている。世界文化遺産に登録されたことは記憶に新しい。
悠々たる三界は、純(もっぱ)ら苦にして安きことなく、
擾々(じょうじょう)たる四生は、唯患(ただうれい)にして楽しからず。
牟尼(むに)の日久しく隠れて、慈尊の月未だ照さず。
三災の危きに近づき、五濁(ごじょく)の深きに没む。
しかのみならず、風命保ち難く、露体消え易し。
最澄「願文」