「富士塚」という聖地から見えるもの

美術家  有坂 蓉子
                   

 富士山は登るもの? 眺めるもの? 拝むもの? それとも……作るもの? いえいえ、富士山は作れない。
  「おらが富士」のように、各地に「○○富士」と名のつく山は数あれど、富士山をつくることは不可能だ。

  ところが、ある意味「これも富士山!」と言えるものが存在する。「富士塚」である。

  それは富士山を信仰する富士講によって造られた、文字どおり「富士山を模した塚」。江戸時代後期から昭和初期にかけて関東に集中して造られ、総数300以上、東京23区内でも50以上現存する。
 町はずれの神社の片隅にあったり、都心のビルの谷間で目にすることもある。高さは、2,3メートルのものから10数メートルとさまざまで、その形状もバラエティーに富んでいる。表面は富士山の溶岩で覆われ、登山道や合目石もつけられて、富士山と同じように名所岩も再現されている。

  形だけなら、日本庭園にも富士山がある。優美な姿を愛でるのはいいものだ。しかし富士塚は、それとは全く別の意味を持つ。模造とはいえ、ただのミニチュア富士ではない。築山に「富士山の神を祀った」もの、つまり人の手で造り上げた「聖地」だということだ。

  富士塚の頂上には、石祠があったり浅間大神(あさまのおおかみ)と刻まれた碑を目にするが、それは富士塚が聖地であるという証拠。その他にもいくつか特徴のある石造物が配されている。
 造ったのは富士講だが、その塚に登拝し慣れ親しんだのは老若男女の一般庶民である。

  神道/仏教/修験道などが混ざり合った富士山信仰は、独特ながら親しみやすく、宗教というより生活に根ざした教えであったため、講という形で庶民の間で息づいてきた。
  富士登山によって御利益が得られるとされたが、富士講の講員ですら、そう容易に登山できたわけではない。遠く離れた富士山を仰ぎ見ることしかできなかった多くの人たちにとって、とりわけ、富士山への女人禁制があった時代、旅が途方もなく困難だった時代には、近所にできた富士山(=富士塚)がどれだけ有り難く思えたことだろう。江戸庶民の間で、近所の富士塚に登ることが「富士詣」として定着したことも興味深い。かつてその頂上に立てば、遠く富士山を遥拝することもできたという。
  富士塚は、小さな築山とはいえ、庶民にとっての「もうひとつの富士山」だったのである。

  ここまで富士山を想う人の心には、単にその美しさからではない、富士山の霊性に魅せられたところが大きい。それは、富士山が火山であるという畏怖の念から生まれた、自然への崇拝である。かつて人々を脅かした、噴火という「大いなる自然」の前に人はひれ伏し、鎮火を願いながらも、その霊力をいただきたいと念じ、平和と幸福を祈った。それが富士山信仰の原点ではないだろうか。

  現在ポピュラーとなった富士登山、また富士講の減少や都市開発などにより、富士塚の数は少なくなった。しかし、残された富士塚を守ろうとする地域の人々は、今でもその努力を惜しまない。富士山のお山開きに合わせ富士塚でも、昔ながらの儀式や祭りを催したり、富士山信仰を学習する試みもされている。それは、富士塚めぐりを含めた地域の歴史にふれる魅力でもある。
  さらにもうひとつ。史跡として訪れたり鑑賞することの他に、私はこの富士塚が、とても大事なことを現代人に語りかけていると感じている。

  もの言わぬ富士塚だが、その聖地に訪れるとき、先人たちの残した信仰の原点、ピュアな祈りの気配が伝わってくる。かつて人々が抱いた「火山の鎮火の祈り」「富士山の清らかさ」「幸福への願望」は、決して過去のものではない。今でもそこに立ち寄れば、人は心を落ち着かせ、穏やかな祈りに導かれることだろう。自然への畏敬、それと共存する意志、そして平和への願いとなって。

  富士山は、昔から「畏れ」と「憧れ」を持って見守られてきた、大自然からの贈り物である。富士塚という聖地を通して人の想いにふれ、富士山そして自然を考えることも、意味あることだと私は思う。
  いつまでも美しい富士山が見られますようにと願うことは、平和を祈る気持ち、そして自然との共存を願うポジティブな力に変わると信じている。機会があれば、是非一度、富士塚を訪れていただきたい。
  富士塚をめぐって約10年、私は富士塚をテーマにした作品をつくる傍ら、富士塚紹介の活動もしている。
  富士山という大きな存在に、日々感謝しながら。


「江戸名所図会」の音羽富士(東京都文京区)
池辺富士(神奈川県横浜市)
中割富士(東京都江戸川区)
猫実富士(千葉県浦安市)
西宝珠花富士(埼玉県春日部市)
八幡宿富士(千葉県市原市)
 
(2009年2月寄稿)
 
【有坂蓉子さんのブログ、富士塚日記】
http://hibiscusfujizzz.blog.shinobi.jp/
【ご近所富士山の「謎」富士塚御利益散策ガイド】
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