森の世紀が始まりました (第8回)
── どうして水は命の源なの (5) ──

日本樹木種子研究所所長・東北大学名誉教授 江刺洋司

陸上の緑色植物が、自然環境の異なる場所で、いろんな工夫をして太陽光を利用して生きることが出来るように適応して来た話をしてきました。特に前回は、年間を通じて強い直射日光に曝され続ける熱帯植物の生きる知恵は、太陽光が強いために、大量に放出される有機物生産(還元)には有害な酸素から逃れる違った工夫をしていることを説明しました。それは気孔を開いて有害な酸素を大気中に放り出すだけでは済まないための知恵でした。となると、乾燥地に育つ多肉植物が日中に蒸散で水を失うまいと気孔を閉じていて、生じた有害な酸素をどう処分しているのか疑問ですね。水中に育つ植物でも蒸散は不要ですから、同じ疑問が生じます。

湖や海に岸辺から深みに潜ってみよう!

湖や海の水圏も太陽光が届く限り植物の世界です。実際、種々の色素(光受容体)をもった微生物(植物プランクトン)から高等植物までがそこに生きてます。ただ、水中なので、光合成のために蒸散で冷やすなどという気孔の働きは不要で、有機物生産のための材料を水中から吸収できれば良いだけです。

水は熱線という長い波長から順に光を吸収します
(水の中は違った色彩の世界です)

そこで、水圏に生きる植物達の生き方を探るには、先ず水の物理的性質を調べて見ることが大事なようです。水の中での映画やテレビに写る映像はみな青緑色で、地上の白い世界とは違います。となると、この違いは水が太陽光のある部分の波長光を吸収したからに違いがありません。皆さんは比較的波の静かな湖水や海辺で遊んだことがあるでしょう。その時、表層は暖かなのに深みに入るにつれて、足元の方はひんやりするようになり、深くなるほど次第に水温が低下することに気付いたことでしょう。それは、太陽光の熱線や赤外線など波長の長い光を水が先ず吸収したためで、順に波長の長い光から吸収されますので、やがて赤色光も吸収されてしまい海底は青緑色の世界になっています。更に深くなると全ての光が届かない暗黒の世界になってしまうことは言うまでもありません。となれば、地上で最も豊富に存在した赤色光のエネルギーを利用するように進化を遂げてきた植物が、水圏で生きるにはやはり何等かの工夫をしない限り生きて行けないことになります。                     

表層では

写真11:阿寒湖のマリモ
(写真撮影:阿寒観光汽船株式会社)

太陽光からの熱線、赤外線は全て表層で吸収されてしまいますので、表層の水温は高く、深くなるにつれて次第に水温は低下しますが、表層では赤色光の吸収はありませんので、陸上と同じ緑色植物が育ちます。藻類に例をとると、皆さんが大好きなおにぎりを包むノリがその代表と言えるでしょう。以前はノリと言えば、アサクサノリが栽培の主役でしたが、現在は作り易さからスサビノリに代わっているようです。これらが、単に緑色でなく黒みを帯びているのは赤外線を吸収して自らの体温を高める工夫でしょう。私達が大事にせねばならないのは、阿寒湖のマリモ(写真11)でしょうか。緑のボールのような緑藻で湖水の岸辺を転がりながら育っています。

少し深くなると・・・

写真12:手前はオオバクモ(褐藻)、奥は補助色素をもつマクサ(紅藻)。
(写真提供:独立行政法人国立科学博物館)

少し深くなると貴重な赤色光は少なくなるので、水圏に射し込む、より短い波長光からエネルギーを捕獲して葉緑素に光エネルギーを補充する役目を担う補助色素が必要になってきます。黄色の光や青い光を主に吸収する補助色素を持っているのが褐藻類で、皆さんが良く知っているのは食卓を飾るワカメやコンブです。更に深くなると、赤色光は更に少なくなりますので、そこでも得られる緑や青い光を吸収する補助色素を持っていて、葉緑素にエネルギーを補充する紅藻類が繁茂する海となります。皆さんはお寿司屋さんでそれらにお目に掛かっているはずです。このような各種の藻類でも、最初に水の光化学的分解が起こりますので、邪魔になる酸素を処分せざるを得ません。一部は周囲の水に溶かし込んで捨ててしまいますが、酸素の水への溶解度は極めて小さいので、ミトコンドリアを存分に働かせて酸素呼吸で処分することになります。この点では、熱帯植物に近い手法を採用していることになります。

温暖化によって少なくなる気体の水への溶解度

写真13:石西礁湖内ウラビシにおける
      サンゴの白化の状況(2001年9月3日
(写真提供:環境省国際サンゴ礁研究・モニタリングセンター
(略称:COREMOC))

もう一つの水の性質には、今話に出て来た気体の溶解度が水温で大きく違って来ることがあります。水温の上昇に比例して、溶解度は減少します。現代の地球温暖化はそのために海洋環境にも深刻な影響を与えています。たとえば、海洋がアルカリ(塩基性)を示すのは海に大量の炭酸ソーダーが含まれているからですが、大気中の二酸化炭素や酸素が溶け込んだり放出されたりする均衡点が水温上昇によって変化して、溶け込み難くなってきています。世界に誇れる有名な漁場が水温の低い極地に近い海域か、赤道に近くとも暖流と寒流の衝突する海域に限られるのは動植物プランクトンを豊富に育てる富栄養の海域だからです。逆に、美しい海に憧れて熱帯や亜熱帯の海に若者が押しかけますが、そこは生き物が生きるに不可欠な気体があまり溶け込んでいない貧栄養の海であるために高い透明度で小さな熱帯魚が主役の美しい海底を見られるからです。 そのような熱帯の海の代表的な風景に珊瑚礁(写真13)がありますが、珊瑚はある藻類を体内に棲まわせて共生(後で他の項目で話します)して生きています。ところが地球温暖化で海水温度が上がって、珊瑚の白化現象(死)を世界中で惹き起しています。海水温度の上昇は二酸化炭素の大気中からの補充を小さくし、同時に高い水温は夜間での有機物の分解を速めてしまいますので、共生藻類の光合成の補償点以上の強い光を必要とします。でなければ、やや深い海に生きる珊瑚に共生する藻類は死んでしまいますので、栄養分を得られなくなった珊瑚も死ぬことになるのは当然です。地球温暖化は単に異常気象で社会に混乱を惹き起すだけでなく、海の生き物にも大きく影響し始めているのです。  更に深い暗闇の世界では、他養的(有機物を分解して生きている)な細菌達しか生きられません。

写真提供
ベナン日本人学校バナー
阿寒観光汽船株式会社
http://www.akankisen.com/
熱帯林行動ネットワークバナー
環境省国際サンゴ礁研究・
モニタリングセンター
(略称:COREMOC)

http://www.coremoc.go.jp/
独立行政法人国立科学博物館ホームページ内
「日本の海藻百選」
※今回のエッセイの趣旨に同意してくださり、快く写真のご提供をしていただきました。
  それ以上の協力関係はございません。