森の世紀が始まりました (第3回)
── どうして森は海と同じなの?(2) ──
日本樹木種子研究所所長・東北大学名誉教授 江刺洋司
木は蒸散作用で体温調節をおこなっているのはなぜ?
第2回では、森の木々は日が昇るにつれ、葉の気孔を開いて根が大地から吸い上げた水を大気中に蒸発させはじめること、その結果森が涼しい環境を造りあげること、そしてそれは私達が先祖から受け継いだ打ち水の知恵と同じ働きで、日が射し始めたときに気孔を開けて、葉の体温を下げるための蒸散作用と言われるものでした。では、どうして体温を下げなければならないのか考えましょう。
太陽光を吸収するかけがえのない大気
そのためには、太陽光とはどんなものか先ず知らねばなりません。ほとんどの皆さんが7色の虹を見たことがあるでしょう。ということは、私達には太陽光は白い光ですが、それは幾つかの光の成分が混じりあった結果であって、実際はいろんな波長の光の集まりであるということです。人間が見ることの出来る太陽光を可視光線(900〜450 nmの波長範囲)と言いますが、波長の長い方から順に、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫色の7色の光の集まりでした。そこから更に波長が短くなると紫外線となりますし、逆に長くなると赤外線になり、もっと長くなると熱線(熱そのもの)ですが、私達の目には見えません。大事なことは、現在地上に届く太陽光は27億年ほどの長期間を掛けて、生物が進化の過程で作ったもので、現在も変化の最中にあるということです。例えば、成層圏上での太陽光は太陽系が誕生して以来変わっていませんが、大気の成分は生物の進化の過程で作られたものなので、大気の組成が変わるにつれて吸収される光も違って来て、現在の太陽光となったのです。残念ながら、人間の営みがこの光成分を悪い方に変えつつあり、地球温暖化やオゾンホールの拡大など深刻な地球環境の破壊となって、子孫の生活を脅かすことに気づき、国連はあわてて第1回で述べたように地球サミットを開くことになったのです。これらは極めて重要な問題なので、新しい項目を設けて後に話すことにします。ただここでは、太陽光には紫外線・可視光線・赤外線域があって、それぞれの部分の照射量は大気中に含まれた異なる波長の光を吸収する気体の存在量によって違って来ることを知っておいて下さい。
太陽光は大気の成分によって変化する
太陽光がどれだけの距離の大気中を通って来たかでもその光が違って来ることは皆さんは既に朝焼け・夕焼けとして経験しているはずです。そこでは長波長の光が優占して赤みを帯びた自然となりますが、逆に短い距離しか通って来ない高山や真夏には、紫外線量も含めた短波長の青色光域が多いことから、油断すると肌が焼けてしまいます。皆さんの中には今頃は海水浴で焼けた皮膚がむけている方も居るのではないでしょうか。紫外線は消毒や殺菌に用いられていますが、この光の強い酸化力(電子を奪う能力)を応用しているのです。このように私達にとっての太陽光は進化の産物であり、季節でも、時間でも、地域でも、森林の中でも、湖水や海洋の中でも違いますし、今後の人類の生き方でも変化の速さは違ってきます。全ての生き物はそのような違いや変化に巧みに適応しながら生きて来たのです。
樹木は体温調節のために水を吐き出す
このようなことから分かると思いますが、日が昇るにつれて、太陽光中の赤外線(熱線)も増えることになり、葉の温度も急速に高まり始めます。ところで、皆さんは、生体の中で行なわれる大部分の化学反応には酵素というタンパク質(各種のアミノ酸が沢山結び付いた大きな分子で、種類によっては金属元素を含んでいる)が触媒のように関わって起こっていることを学んだと思います。また、酵素の働きは一般的には温度の上昇と共に活発になりますが、あまり高くなると働きはにぶってきます。つまり、酵素が生体内で化学反応を進めるにはそれぞれに最適な温度があるということです。勿論、酵素の働きを無視して温度を上げると、タンパク質は凝固して変質してしまい、働けなくなってしまいます。温泉や深海の海底火山の噴気穴近辺のような高温の場所に適応したような特殊な生き物が持つ酵素を除いて、多くのタンパク質は60℃あたりから変性し始めますので、樹木は一生懸命に大地から水を吸い上げて気孔から蒸発させて葉を冷やさないと、他の酵素タンパク質も変性してしまい葉は枯れてしまいます。ですから、葉の中に存在する各種の酵素を上手く働かせるには、太陽光の強さに応じて気孔の開く程度も調節して、葉温を下げる努力をしなければならないのです。雨天や曇天の場合には、それほど気孔を開く必要はなくなりますが、真夏の晴天の日ならば、気孔をいっぱいに広げて、水蒸気を排出する際の気化熱で葉温を下げることになりますが、気孔は広葉樹では葉の裏側に散りばめられています。この気孔の開度は次回に話す光合成反応に際して光の強度に比例して、必要量の二酸化炭素や窒素酸化物を取り込む仕掛けとなっています。このような葉で行われている働きが蒸散と言われる現象で、環境科学では森が海と同じ働きをするわけです。
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